海産無脊椎動物多様性学

100年の歴史とフロンティア

京都大学フィールド科学教育研究センター

瀬戸臨海実験所創立100周年記念出版編集委員会 編

菊上製・706頁

ISBN: 9784814004492

発行年月: 2022/11


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はじめに

 地球規模での環境問題とそれに伴う生物多様性の減少、そしてそれらが人間の将来の生活にとって重大な影響を与える時代にあり、人間活動が自然に与える影響と自然のあり方についてフィールドワークを通じて実地で学び研究することは、そうした問題を理解する重要な今日的意味を持ちます。そういう場を活用した若手人材育成は、地球環境問題に長期的に取り組むために必須であります。

 京都大学フィールド科学教育研究センターは、全国にある京都大学のフィールド研究系の施設を統合して2003年に設立され、異なる生態系のつながりと相互作用を科学する森里海連環学を標榜して多種多様な研究と教育を展開してきました。その施設は、北海道、和歌山県、京都府、山口県にあります。これらを合わせた土地は、京都大学が所有する土地の90%にも及びます。そこを基盤として、森里海連環学をキーワードとして隔地施設のフィールドを活かしたさまざまな研究、すなわち森林生態学、森林管理学、生物地球化学、生物多様性を基軸とする系統分類学や生態学などの自然史研究、里域から沿岸域にかけての人間-自然相互作用環解明の研究、人間-自然共生システム構造の研究、環境DNAやDNAバーコーディングによる多様性モニタリング、長期モニタリング調査研究などが展開されています。

 京都大学フィールド科学教育研究センター瀬戸臨海実験所はまもなく創立100周年を迎えますが、その間一貫して、生物多様性学の日本の研究の中心として機能してきました。また世界的に見ても当該分野の重要な研究の拠点の一つとなっています。この本においては、実験所のメンバーを中心に、実験所の大学院で修士号や博士号を取得して研究をしている方々、実験所に訪問して実験所の施設や所蔵標本を利用して研究をしてきた方々、文部科学省教育拠点としての実験所の提供する共同利用プログラムを利用して研究をしてきた他大学の方々、そのほかこの研究分野に深く関係のある方々を中心に、最 新の研究成果を、類書に類を見ない、現在の日本で考えうる最大数のメンバーを著者として網羅してまとめたものです。

目次

  第1部 系統・分類・多様性

  第2部 系統進化と生物地理

  第3部 生態、行動、相互作用

  第4部 環境問題と保全研究

第1部.系統・分類・多様性

多様性解明の学問である系統分類学において、従来、生物の大分類は形態的に定義される体制bauplanによって行われてきた。しかし2000年代にDNAデータに基づく分子系統解析の大躍進が始まり、その研究結果は、形態形質に基づく系統関係を大きく覆すこともあり、現在では分子系統解析無しには分類と系統進化は語れない。その手法も解析機器や解析手法の発展により、年々進歩している。当初はミトコンドリアDNAの1遺伝子で系統関係が議論されていたが、次第に核DNAを合わせた解析が推奨され、近年は複数の遺伝子に基づくDNA解析が一般的である。さらにはミトコンドリア全周配列を用いた解析も行われるようになり、全ゲノムが決定された種も出てきている。こうして生物の新たな多様性解明の研究が、種レベルから門レベルまで進んでいる。

瀬戸臨海実験所は100年近くにわたり、日本における海産無脊椎動物の系統分類の研究の中心であった。特に実験所の歴史にあって、幹事・所長であった岡田要、内海冨士夫、時岡隆、教員あるいは嘱託であった椎野季雄、波部忠重、 黒田徳米、山路 勇らは、この分野の日本における偉大な開拓者であり、世界的にも著名な分類学者であった。現在では、実験所ではDNA分析なども含めた総合的な多様性の解明の研究を行なっており、また実験所を訪れて当該分野の研究を行う研究者も多い。

この第1部においては、こうした歴史と伝統を踏まえた上で、各動物門について、最新の研究成果を踏まえた新しい系統分類学の知見を紹介する。

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第2部 系統進化と生物地理

 2000年代になり発展したDNAデータに基づく分子系統解析が、系統進化学が著しい発展をもたらした。こうして新たに推定された系統樹上に、形態形質をマッピングしてその形質の祖先性や派生性の推定、生態や行動パターンをマッピングしてその生態や行動の進化的な獲得の推定、地理的分布をマッピングし、より詳細で正確な生物地理と進化が議論できるようになった。

多様性成立過程の解析の研究分野である現代型の生物地理学は、分子系統樹、現生種の地理的分布、化石記録、過去の気候変動や大陸の移動などを総合的に解釈し、起源と分散の過程を議論する総合的な学問分野である。海洋は全て海水でつながっていて、陸上の種に比べるとその境界が明確ではない。しかし、海洋気候、大きい海流、深い海溝など海産無脊椎動物にとって越えられない障壁が存在することで、遺伝的な隔離が進み種分化を促している。

日本における海洋生物地理学の開祖は、京都大学瀬戸臨海実験所の教員(のち京都大学教養部)であった西村三郎である。当時、日本にまったく類例のないこの研究分野において、独創的な研究を展開し、後世に大きな影響を与えた論文や書物(例えば「日本海の成立 生物地理学からのアプローチ」(1974)、「地球の海と生命 海洋生物地理学序説」(1981))をいくつも出した。西村の学問の精神は、今も瀬戸臨海実験所に脈々と息づいている。

第2部前半では、こうした伝統と歴史を踏まえ、この分野の最新の分子系統解析に基づく系統進化について、第2部後半では、日本およびインド西太平洋域における最新の生物地理学について、代表的な分類群を取り上げて研究成果を紹介する。


第3部. 生態、行動、相互作用

海産無脊椎動物が多種多様であるように、その時空間的な動態、すなわち生態や行動も多様である。これまでそれらを研究材料として多数の研究が行われ、そこから生物界における普遍的な法則性が見出され、広く一般の生態学にも応用されてきた例も多い。例えばキーストン種、中規模攪乱仮説、サプライサイド生態学、生物攪乱などである。

また海産無脊椎動物を材料とした行動学的研究も多い。配偶行動、攻撃行動、捕食行動、被食回避行動などが、近年の動画や音声の解析デバイスやパソコンのソフトウェアの発展によって詳細に解析されてきている。これらの行動は、霊長類などを代表とする脊椎動物に見られる複雑な行動の原初的なタイプがみられるため、さまざまな分類群の行動のモデルケースとして比較応用学的にも有用とされる。

これまで生態学は主として陸上の生物を扱う立場から発展し、その中で生物間の相互作用で最も重要な関係は、捕食被食関係と競争関係の2つであるとされてきた。しかし海洋生物の研究の進展によって、その生態系では非常に多種多様にして複雑な共生・寄生関係の方が見られ、重要な役割を担っていることが明らかになってきている。

これらの研究分野は、従来のマクロ系生物学の手法に加え、DNA分析、化学分析、同位体分析などの発達によりミクロ系生物学の手法が取り入れられ、新しいデータ解析の数学的手法、デバイス、ソフトウエアの発展のもと、より詳細かつ正確に研究がなされるようになってきた。 

京都大学瀬戸臨海実験所には生態学の研究の伝統があり、歴代の幹事・所長の川村多実二、 宮地傳三郎、 森下正明らは、日本における当該分野の先駆者・開拓者であった。またこの実験所で育っていくつかの大学で、海洋生物の生態学の研究をしている教員に、その流れは受け継がれている。

この第3部では、そうしたことを踏まえたうえで、海産無脊椎動物の種内・種間の相互作用に重点を置いて、最新の生態学的研究の成果を紹介する。

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第4部 環境問題と保全研究

人間活動の影響により地球規模の気候変動、特に二酸化炭素の増加による海洋酸性化や海水温の上昇、開発による沿岸帯の海洋生物の生息地の破壊、消失と生物多様性の衰退、海洋汚染、富栄養化などによる赤潮や青潮の発生、それら様々な要因による持続が困難な漁業等の深刻な問題を引き起こしている。

瀬戸臨海実験所では、海洋汚染と沿岸域の海洋生物の多様性の変動の重要性に早くから気がつき、長期モニタリング調査である「海岸生物群集1世紀間調査」を1969年より実施している。これは京都大学が所有し瀬戸臨海実験所が管理運営している田辺湾の無人島である「畠島実験地」において、大型底生生物の変動と海況を記録しているものであり、最初の約50年分の成果がまとまり、最近論文として出版した(Ohgaki et al. 2019)。同一地域で同一方法で、これだけの長期間、沿岸域のモニタリングをしている研究は世界でも稀であり、非常に重要なものである。

この第4部では、そうした地球環境問題を、様々な海洋生態系についてとりあげ、現状を詳細に把握し、将来にわたるあり方を最新の研究成果をもとに紹介する。

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ホームページ製作:朝倉彰。無脊椎動物カラー写真:座安佑奈・河村真理子
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